大学を卒業しなくても学士が取れる
大学改革支援・学位授与機構とは
2024.7
大学を卒業しなくても学士が取れる
大学改革支援・学位授与機構とは
2024.7
去年の春、専門学校卒で病院に採用されたはずの看護師が1年間だけ通信制大学に通っていると思っていたら、「今年の秋には看護学士が取れる見込み」と報告してきました。本来、看護学部を卒業しなければ得られないはずの学士を、大学に編入した訳でもないのに、わずか25万円、しかも1年で取れる理由とは何でしょうか。
これは抜け道でもなんでもなく、国の機関を利用すれば可能なのです。「独立行政法人 大学改革支援・学位授与機構」(東京・小平市)、略して「学位授与機構」と呼びます。高等教育機関で修得した単位を申請することで、「学士」を得ることができます。
4年制大学を卒業して得られる資格は何かと問われれば、それは「学士」の学位です。
かつて、学士は大学を卒業しなければ得ることのできない「称号」でしたが、平成3年に国立学校設置法、学校教育法、学位規則などが改正され、教育機関を持たずに学位を授与することができる、その名も「学位授与機構」が創設されました。
創設当時は文部省のいち部局でしたが、その後、部局の統合や独立行政法人化などを経て、現在の姿になっています。学位授与機構には防衛大学校など7つの「大学校」(主に省庁が運営している学校)の卒業生に学位、あるいは修士課程・博士課程に相当する課程がある場合は、その修了者に修士・博士の学位を授与する機能もあります。
注)大学改革支援・学位授与機構 https://www.niad.ac.jp/
学位授与機構30年の歴史の中で、最も授与数が多いのは「工学」で、3万人を超えています。これは高等専門学校の卒業者が大卒としての就職や大学院進学のために学士を希望するケースが多いからです。
次に多いのが看護学で、9千人を超えています。看護師は短大・専門学校卒の社会人が多かったのと、看護師長・部長などの昇進には4年制大学の看護学部等の卒業者が多く、業界として「看護」の名称の入らない学士は大卒とはみなさないという慣例があったことで、学位授与機構の利用者が増加しました。
短期大学・高等専門学校卒業者等を対象とする単位積み上げ型の学位取得者数の推移(大学改革支援・学位授与機構HPから転載)
https://www.niad.ac.jp/n_gakui/other/juyoshiryou/1174663_892.html
この他、教育学は上位の教員免許を取得するため、保健衛生学は看護と同様に理学療法士や作業療法士のキャリア形成のため、栄養学は短大認定専攻科を卒業した人のため、芸術学は美大卒・音大卒と同等となれるほか、上位の教員免許取得や就職のためといった事情があります。
こうして見ると、学位授与機構で取得者が多い学位は、安価な通信制大学では学部が設置されていないとか、実習・実験などの授業は通信制では開講されていないといった事情があるようです。
この機構を利用するうえで「単位積み上げ型」と呼ばれる学位授与制度を知っておく必要があります。
通常、大学における学部の卒業要件は4年間の在学と124単位の修得です。これに比べ、例えば2年制の短大を卒業した人は2年間の在学で62単位を修得したことになります。
同様に3年制の短大を卒業した人は3年間の再学で93単位を修得したことになります。
つまり、2年制短大卒業者ならあと2年と62単位、3年制短大卒業者ならあと1年と31単位を積み上げれば、合わせて4年と124単位を満たすので、大学の学部を卒業したものと同等とみなし、学士を与えることができるという制度です。また、高等専門学校(高専)と呼ばれる5年制(高校3年間+短大2年間に相当)の学校を卒業した者もまた、新たに62単位を修得することで学士が授与されます。
この短大卒や高専卒という学歴を「基礎資格」と呼び、この資格を持つ人が認定専攻科や大学の科目等履修生として単位を修得することを「積み上げ」と呼びます。さらにこの基礎資格には平成11年から専修学校専門課程(専門学校)も加わったので、利用者が増加しました。
基礎資格の時と、積み上げ単位として修得した単位を調べてみて、例えば法律学の単位が多くて所定の要件を満たせば学士(法学)。経済学が多いなら学士(経済学)というように、看護学、芸術学、工学、理学、文学、薬科学、保健衛生学など、27の専攻分野の学位を選ぶことができます。
ただ、普通はそんなややこしいことをしなくても、例えば通信制大学の3年次に編入してしまえば、カリキュラムにしたがって学ぶことで大卒になること自体は難しくありません。また、今では4年次編入が可能な通信制大学もありますから、学位授与機構は手間ばかりかかる、ややこしい制度です。
ところが、これをあえて利用する人がいるということは、安価な通信制大学では学部が設置されていない、実習・実験などの授業は通信制では開講されていないといった切実な事情があるからです。
学位授与機構で学士を授与されるには、短大などの基礎資格に大学の単位を積み上げた上で、「学修成果」と呼ばれるレポートを作成・提出し、かつ試験に合格しなければなりません。かつては4年制大学を卒業するといえば、学部を問わず、ゼミなどに所属して卒業論文を作成するのが一般的でした。それが時代とともに、教員も学生ひとりひとりの論文指導に付き合う余裕が無いなどの理由で、卒論を卒業要件としない大学が増えました。学位授与機構は卒論を必修としなくなった時代に「学修成果」というハードルを課しています。
具体的には、学術的な様式に準じた論文の形式で、ワードなどのエディターソフトを使い、40字×30行で10~17ページのレポートをPDF形式で提出せよと規定されています。そして提出された学修成果の内容に関する筆記試験も行います(芸術学分野については演奏・作品などをDVD・楽譜・メディア・写真などでの提出。その場合は面接試験)。その審査・試験は学位授与機構から委任された大学教員が行います。
つまり、基礎資格を持つ人が、所定の単位を積み上げ、学修成果を作成し、毎年4月と10月の申請期間内に学位授与機構へ提出し、自分の提出した学修成果に関する試験を受けて合格する。大学のゼミ生などは指導教授のお情けで単位を貰えるなんてこともありますが、一方で学位授与機構は極めて厳格な審査を行います。
通常、この学修成果の作成を指導してくれる先生などはいませんから、学位授与機構で学士を取れた人は、ほぼ自力で一定の学術論文を書き、審査にも合格したという経歴を証明していることになります。つまり、このプロセスで学士を得た人は、大学院進学等の時には、アカデミックスキルを持っている者として大学側も受け入れやすいようです。
この一連の学位審査手数料は、書類の受領、学修成果審査、個別の試験の作成、試験の実施・採点、学位記の発行まで、32,000円で行われます。
短大・専門学校を卒業した人たちがこの制度を使う場合、学位授与機構の資料や通信制大学などのウェブサイトをしっかり読むところから始めます。
しかし、例えば看護の短大・専門学校を卒業した人が看護学を取るために、自分はどの科目を何科目履修登録すればいいのか、どのような学修成果を作成すればいいのか、大変悩みます。実は学位授与機構で学士を取るには、どの科目を何単位履修するかという判断を自分で行わなければならず、マニアックなこの制度そのものを熟知しなければ挑戦できませんでした。そんな中、看護学についてはこの制度を理解しなくとも、提示されたカリキュラムにしたがって履修すれば解決する通信制大学がいくつか存在します。
以下、学士(看護学)に特化したコースを持つ通信制大学を紹介します。ここで紹介する学費は、3年制の短大・専門学校を卒業した人向けのものです。
こうした通信制大学は、1年間で単位を修得しながら学修成果を作成し、次の半年で学位を申請することを想定しています。おおむね20~45万円の学費が必要ですが、これらは大半がオンラインで受講・受験できるため、通学時間も不要です。働きながらアカデミックスキルを高めながら学士(看護学)を手に入れる方法として有効でしょう。
松本肇(まつもと・はじめ)
教育ジャーナリスト
専門分野は大学改革支援・学位授与機構を活用した学位取得方法、通信制大学・通信制高校・高卒認定試験・専門学校など。著書「短大・専門学校卒ナースが簡単に看護大学卒」等。
いわゆる「学歴フィルター」と呼ばれる価値観よりも、大学で得られる「アカデミックスキル」という数値化しにくい教育の有無に関心がある。
日本テレビ「DayDay.」、フジテレビ「めざまし8」、「ホンマでっか!?TV」、ABEMA「アベマプライム」などでゲストコメンテーターを務める。